雑記

サッカーライターや解説者さんは子供たちの可能性考えていますか?

 

こんにちは〜!家族リフティングですヽ(´▽`)/

 

まずはじめに。

本記事における『練習』という表現は、少年サッカーチームでの練習という意味でお考えください。

親子や選手同士が、コーチが決めたチーム練習以外で楽しく好き勝手に行っている遊びや練習(向かい合わせのトラップ〜パス)などは含みません。

自主的に楽しくやってるかぎりは『見守り』でいいかと思いますので。

また、文章表現はおかしいですが、あえてところどころに「。」を入れています。

これは、本来連動しなきゃならないのに、良くない意味でひとつひとつで区切りをつけたもの(「止めて。蹴る。」など)を、「。」で表しました。

 

 

 

本記事では、『プロ』のサッカー ライターや解説者、書籍の表現に関する個人的な疑問と改善点について書きました!

 

 

みなさんに1人ひとりがこの表現について、何かしら考えるきっかけになればうれしいですm(_ _)m

 

ぜひ、最後まで読んでみてくださいね。

 

 

 

子供たちの可能性を本気で考えていますか?

いまだに『止めて。蹴る。』の練習をそれぞれやったら上手くなる!みたいなこと言ってるサッカー専門誌の記者や解説者の方がいるのにビックリしています。

 

まぁこういった表現をされる方たちは、多くが40代以上のような気がしますが…(自分調べ)

このあたりの世代の人たちってみんな、「トラップ」と「蹴る」技術を別々に練習してた時代なんですよね。そんなこと言ってる僕も、ガッツリこの世代の人ですが(笑)

だからわかるんですよね〜。「止める」/「蹴る」をそれぞれ別物にしちゃってることが・・

相手や試合の状況なんかぬきにして、ひたすら「止める(トラップ)練習」。次にひたすら「蹴る」練習をやってましたから。

 

でもね、あなたたちはその記事や表現でお金をいただいてること、あなたたちの言葉や表現が、未来ある子供たちにインプットされること。

 

少年サッカーのコーチも一生懸命勉強して、「よし!解説の〇〇さんが、著書で『試合で活躍するために、向かい合わせに立ってトラップの練習をしよう!』って書いてるんで、明日から子供たちの練習に取り入れよう」・・・ってなるんですよね。

 

日本サッカー の土台(育成年代)で、(少しは減ってきているとは思いますが)いまだにそんなことが普通に起きてることを、彼らは知っているのでしょうか。知らないでしょうね。

まあ、気づいてないから安易に「自分の時代の主観」を述べるんでしょう。

 

でもあなたたちは、書いたり解説したりする『プロ』ですよね?

プロなら自分の言葉や表現に責任もたないと!

 

ただ主観をたれ流してるだけ。。

そしてそれが間違った情報だったりする…。

 

お願いです。

子供たちの未来のために勉強し続けられない”なんちゃってサッカー ライター”や”なんちゃってサッカー 解説者”のおじさんたちは辞めてくれないでしょうか。

というより、そういった職業でお金もらっちゃだめでしょ。

だって、ウソの言葉をただの主観でたれ流してるんだから・・・

 

言葉ってそれくらい重みがあるんだぞっ!!

 

彼らや、彼らを起用する人たちがひとつの要因となって、試合では通用しない『止める』。『蹴る』。が生まれちゃいます(悲しい…)

 

DAZN

子供たちの可能性を導き出す表現とは

じゃあ、どういう言葉・表現が適切なんでしょうか?

それは、

ファーストタッチの質』という表現です。

→『止める。蹴る。』は、敵がいないときの技術であって試合で使う表現ではないよ

→『止める。蹴る。』のような、それぞれが別のプレーをイメージさせる表現はやめましょう!

流れる試合の中で、ボールを受ける前の動きやポジションからその先のプレー・展開をイメージしたファーストタッチの置き所、そしてパス(またはドリブル etc.)…

この「一連の質と選択」こそが、世界で通用するための日本の技術になると確信しています。 

 

イニエスタを見れば、一目瞭然ですよね!

「ファーストタッチの質」の意味と具体的練習法を徹底解説! ・・・・・・・ と言いたいところですが・・・! ロスタイムが5分あるようなので、このロスタイ...

 

日本の技術は高いと言われながら、なかなか通用しないのはこの「プレーひとつひとつが別物として捉えてしまうような表現を使ってるから」であり、「言語・表現はイメージとなりプレーとして表現される」と思うからです。

(余談ですが、日本人選手のシュート下手にもこれと同じ理由があると思っています。もちろん日本の文化や日本人の気質などの影響もあるとは思いますが・・・)

 

DAZN

少年サッカーコーチのみなさんへ

コーチに全幅の信頼を傾けてる子供たち(親も)は、コーチの言葉・表現ひとつに大きな影響を受けるんんだってことを、立ち止まって深く考えてほしいなって思っています。

  1. 勉強熱心なコーチが間違えたスキルを会得して、良かれと思って子供たちに伝えていく。
  2. 熱心に伝えられた子供たちはなんの疑いももたず、「コーチのいうとおりやれば、上手くなれる!」と信じて練習に励みます。

しかし、この『練習のハシゴ』をかけ間違えてしまってるんです。

元をたどると、こういった間違った表現を書いてる記者、テレビでの解説者や書籍などが悪いんですけどね。

そして最終的に被害をこうむるのは、「子供たち」なんです。

 

■こんな話があります

僕が働く病院で(僕はナースマンです)、管理栄養士さんから教わったものです。

食事や栄養に関して間違った努力を続けてしまっていては、いくら頑張っても目標にはたどり着けません。

だから我われ管理栄養士を活用してほしいんです。「我われが『その人に合った目標』というハシゴを架けます」。

そしてその過程の階段を伴走しながらのぼっていきますから。

いかがでしょうか?

 

『管理栄養士と患者さん』→『コーチ(親)と子供(選手)』に置きかえて、もう一度じっくり管理栄養士さんのお話を読み直してみてください。

 

コーチとして、親として、なにか感じることがあるんじゃないでしょうか。

 

まとめ:メディア関係のみなさん!発行部数や視聴率ばかり考えるよりも、子供たちの可能性について一緒に考えていきませんか?

今回は、プロのライターや解説者の”悪い意味での主観たれ流し表現のひとつ”についてお話しました。

 

このお話は、僕の主観たれ流しで表現しましたがいかがだったでしょうか。

どこか一箇所でも、明日に生かせる箇所があればうれしいです。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

マリーシアが一人歩きしている【サッカー】どうも。花粉症になったと信じたくないクシャミ大臣、家族リフティングです。 サッカーを愛するみなさんへ。 ...

 

DAZN

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